思い出の腕時計の修理を断念した瞬間

思い出の腕時計の修理を断念した瞬間

思い出の腕時計の修理を断念した瞬間

30代後半の主婦です。私は国際結婚して、夫の母国である欧州の国に住んでいます。私はあまり装身具を身に着けないのですが、ひとつとても大切にしていた腕時計がありました。

 

それは、欧州の第三国に留学していた青春時代に購入したものです。地方色が光る、美しいデザインに魅せられて店員に尋ねたところ、なんとクオーツは日本製のものを使用している、というのです。ジャパニーズ・クオーツ、メイド・イン・…(現地国名)と、何だか自分がこの国に来られたことを祝福しているような、そんな象徴に思えました。日本円で1万円ほどと20代初めの学生には少々高い値段でしたが、私は迷わず購入しました。

 

以来10年以上にわたって、その腕時計を使用していました。その間、私は結婚して夫の国にやってきたのですが、時計のベルトが擦り切れるたびに現地の時計宝飾店で新しいものと交換してもらい、また毎年の電池交換と一緒にメンテナンスをお願いしてきました。

 

修理をお願いしていた専門店の主人は、そこだけ時が止まったかのような古めかしいお店にひっそりと座っている職人気質の人で、返却のたびに「いつも大切に使っていますね」と満足そうに笑みを浮かべてくれたものです。

 

そんな思い入れのある腕時計ですが、ある時豪雨の中で濡れてしまったことがきっかけで、頻繁に遅れが出るようになりました。もちろん修理をお願いしたのですが、「うーん。寿命には程遠いはずなんですが、こればっかりはどうにもいかないですね。調子の良しあしが出てきたので、あと30年も使えると言えるでしょうし、でも次の瞬間に遅れ始めてしまうかもしれない…そういう状態になってきました。」

 

本当に辛かったのですが、これを機に私は腕時計をはめるのを断念しました。大切な時計は電池を抜いて、宝石箱の中に保管してありますが、この腕時計以上に気に入ったものに出会えるとも思えず、街角の大時計や教会の時報、家の中の置時計に頼る生活になじんで数年がたっています。

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