時計を修理するということは体の一部を直すということ

時計を修理するということは体の一部を直すということ

時計を修理するということは体の一部を直すということ

わたしは大学2年生のときに、同期の友人達からスポーツウォッチをプレゼントしてもらいました。

 

それまでスポーツ用の時計を持っていなかったわたしはそのプレゼントをもらってとてもうれしかったことを覚えています。
わたしは陸上部に所属していたのですが、部員が少なくタイムを測ってくれる人がいなかったので、自分で測るしかありませんでした。
ストップウォッチは持って走るには大きすぎます。

 

なので、腕時計タイプのその時計をもらってからはずっとその時計とともにトレーニングをしてきました。
しかしその時計も電池が切れる時がやってきたのです。電池を交換すればよいと思っていたのですが、
時計屋さんに持っていっても修理できないということでした。電池が海外のものだったからです。

 

それ以来その時計とともにトレーニングをすることができなくなりました。
いつも腕のそこにおさまっていたものだったので、そこからなくなってしまうととてもさびしい気持ちになりました。
すでにわたしの体の一部になっていたのです。
わたしにとってはその時計を修理してもらうということは、わたしの体の一部を直してもらうということなのです。

ホーム RSS購読 サイトマップ